蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
アパートの玄関ドアを開けた瞬間、そこに藍の姿がないことに違和感を感じて、拓郎は眉根を寄せた。
動物病院に行くために、すぐに出かけられるように用意して待っているだろうと思っていたのだ。
「藍ちゃん?」
声を掛けるが、返事はこない。
半畳ほどの狭い玄関を入れば、そこは約十二畳ほどの洋間のLDK。
左手のキッチンスペースから突き当たりのコタツが置いてあるLDスペースへと視線を巡らすが、電気は付いているのに部屋の中はしんと静まりかえっていて、藍の姿は何処にも見えない。
ここの間取りは1LDK。
残る部屋は、奥の寝室として使っている六畳の和室しかない。
もともと男所帯の味気なかった部屋の中は、藍の好きだという彼女お手製の淡いイエロートーンのカーテンやクッションカバーが、彩りを添えている。
いつもなら、ほっとするような空気が流れている部屋の中は、どこかピリピリと空気が張り詰めている気がした。
拓郎はそこに、藍の元気な笑顔が無いからだと気付く。