蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
それにしても、大邸宅じゃないのだから、奥の部屋に居たとしても拓郎の声が聞こえないはずはないのだが。
――もしかして、待ちきれずにタクシーででも行ったのだろうか?
でも玄関には、藍が普段履いているスニーカーがキチンと揃えられて置いてあるから、居るはずだ。
「藍ちゃん、和室にいるのか?」
拓郎は胸の奥がざわつくのを感じながら、玄関で靴を脱ぎ寝室へと足を向けた。
「藍ちゃ……」
半開きの襖から部屋の中を覗き込んだ拓郎の足が、一瞬止まる。
薄暗い六畳の和室。
藍は、窓際に置いてあるセミダブルのベットの上に拓郎の方を向いて、うつむき加減で静かに腰掛けていた。
膝の上の毛布にくるまっているのは、しらたまだろう。
猫用に買った子供用のミニサイズの毛布の間から、小さな三角の白い耳が顔を覗かせている。
――ずっと、膝に抱いていたのか。
「藍ちゃん、ただいま。君恵おばさんの所の掛かり付けの獣医さんを知っているから、そこに『しらたま』を連れて行こう」
部屋の入り口から話しかけたが、尚も藍は動こうとしない。
まるで無反応だ。
「藍ちゃん?」
ただならぬ雰囲気を感じた拓郎は、慌ててベッドサイドに歩み寄った。