蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「どうした? しらたま、そんなに苦しそうなのかい?」
「……」
拓郎の呼びかけに藍は、無言のまま、ノロノロと顔を上げた。
言葉に反応したと言う風ではなく、『心ここにあらず』な何処かぎこちないその動きに、拓郎の胸のざわめきが大きくなり始める。
藍の顔には、表情がなかった。
言葉にするなら、ただ『呆然』としていると言うのが近いかもしれない。
拓郎は今まで、藍のこんな生気のない瞳を目にしたことがない。
――まさか。
拓郎は、藍の膝の上で大事そうに毛布にくるまれた、白い子猫の頭に手を触れた。
――温かい。
だがこれは、子猫の体温の高さではない。子猫の体温にしては低すぎるのだ。
半開きの青い瞳には、それこそ生気が宿っていない。
拓郎は手のひらを、しらたまの鼻面にあて、それから胸の辺りに手を滑らせた。
息をしていない。
いつも忙しなく上下していた小さな胸も、ただ静かに沈黙している。
――なんてこった。
もう、獣医は必要なくなってしまった。
すでに、小さな命の炎は燃え尽きていたのだ。
この体温からすると、おそらく電話で話してからすぐに死んだのだろう。
せめて、俺が帰るまで待っていてくれれば、藍一人に見取らせるなんて事をさせずにすんだものを……。
こうなるかもしれないと予想していたのに。
こんな事なら、君恵おばさんに電話をして、様子を見に来て貰えば良かった。
拓郎は、自分の読みの甘さに、舌打ちしたくなった。