蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
起きてしまった事は、重大な事であるほど大抵が取り返しは付かないのだ。
藍の始めてのペットは、引き取られてわずか一週間足らずでその短い生を終えた。
死んでしまった。
例え残酷な事でも、それが現実だ。
藍は、その現実を受け入れられずにいるのだろう。
自分の膝の上で、一つの命が失われたのだから無理もないが、辛いからと現実を認めて受け入れないなら人は前に進めない。
そして前に進む為に、人には必要な儀式があるはずだ。
拓郎は、藍の隣に腰掛けると、藍の膝の上のしらたまに視線を注いだまま、静かに口を開いた。
「藍ちゃん、悲しい時は泣いていいんだ。我慢することないよ」
人は、悲しみに涙し、その涙と共に辛い現実を心の中から洗い流していく。
それは、逃避すると言うことではなく、心を正常に保とうとする自己防衛本能のようなものだ。
だから、子猫の死を前にして涙を流せない藍は、心にその痛みや苦しみをため込んでしまっている。
こういうとき、人は泣かなくちゃいけない。
我慢する必要などないのだ。
「……私が」
暫く沈黙していた藍が、ポツリと、掠れた声を上げた。
「うん?」
覗きこんだ拓郎の視線の先で、藍の表情が微かに動いた。色素の薄いアイボリーの瞳に、悲しみの余波が顔を覗かせる。
「私が、この子を飼いたいって言わなければ……」
「うん」
声を詰まらせる藍に、拓郎は静かに相づちを打つ。
「最後まで、お母さんや兄弟だちと一緒に居られたのに――」
「……うん」
拓郎は、藍の言葉を否定しない。
否定しても、藍がそう思っている以上、あまり意味がないと知っているから。