キスしたくなる唇
 千秋さんのコーヒーの好みは熟知している。牛乳のたっぷり入ったカフェオレ。

 冷蔵庫にあった賞味期限切れ近しの牛乳をマグカップに淹れてレンジで温める作業をしていると、千秋さんが本棚をじっと見ていることに気づく。

 変な本、置いてなかったよな?

 そんなことを考えていると、千秋さんは本棚から1冊取り出した。

「これ、懐かしいね」

 キッチンにいる俺に見せたのは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」だ。

 中学の頃、夏休みの読書感想文を出した課題の本。

 この話はたまに読み返したくなる本で、実家を出たときも持ってきた。

「意外と難しい本があるんだね。マンガばかりだと思ってた」

 俺の青春時代を知っている千秋さん。

「千秋さん、俺はもうあの頃の俺じゃないから」

 2つのマグカップを持ってローテーブルに置くとソファに腰をかける。

< 15 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop