今日は、その白い背中に爪をたてる
「んっ。」



唐突に視界が暗くなったと思った後、唇に生温かい感触。


それがキスだと気がついたのは、満足気にペロリと唇を舐めた晴斗(むだに妖艶)がいたからだ。


ヤツは覆うものがなくなった私の顔に傾け気味に自分を近づけて、チュッと下唇を吸ったのだ。


何が起きたの??


ショックが大きすぎて、状況を理解し脳に伝達するまでにかなり時間を要した。


果汁でも吸うような、あんなキス。


座っていてよかった、腰砕けになってみっともなくへたり込んでしまうところだった。



でも、なんだか。



なんだかさっきビルのロビーでしたのとは違う種類のような気がした。


どう違うんだとは、上手く言えないのが歯痒いのだが。


一つだけ断言できるのは。



「あはは、耳まで真っ赤になっちゃって可愛い。」



今さっき見せた色っぽさを簡単に消してしまえるほどの演技力をもつ年下の俳優に、私は惑わされているってこと。


人をこんな気持ちにさせておいて、純真無垢な笑顔で頬を撫でるだなんて。


可愛いなんて言わないでよ。



ーー穢れたオトナのオンナは、‘‘もっと欲しい”と思ってしまうから。



「行こうか、お腹空いたでしょ?」



「………うん。」



夏の暑さのせいだけではない、違う熱を帯びた私の手を引いて晴斗はとあるビルの地下へとおりて行く。


入り口に看板が立っていて、Camelliaという店らしいそこに二人で入った。


間接照明のみの明かりで雰囲気のある店内は、ジャズが流れていてお客はまばらだった。


カウンターには白シャツを着た30代くらいだろうか、物腰の柔らかそうな男性が一人立っていて、私達はそこの椅子に腰かける。
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