今日は、その白い背中に爪をたてる
頭上でくくくと笑う声がして優しく抱きしめ返されたかと思うと、つむじにキスが落とされた。


彼のキスは優しい。


ささくれた気持ちを慰めてくれる、まるで傷薬だ。


額、こめかみ、頬へと滑り落ちていく温かい唇を受け止めて私は顔を上げて言った。



「……決心がついたの。
あの話進めて、早急に。」



カバンの中で震え続ける携帯電話が私を急かし、声に焦りが滲む。


早く早くと急かす子供みたいな。


思っていることが顔にまで出ていたのだろうか、クロウは少しマヌケにも見えるポカンとした顔をして私を見下ろした。


グレーの瞳が私の瞳から情報を読み取る為に覗き込んでくる。



「一体どうして焦ってるんだい?
まるで何かに追われてるみたいだ。」



俺としては大歓迎だけど、と言いながら片手で私を抱いたままもう片方で頬をポリポリとかく。


色々思うところがあって、と告げれば眉を顰められた。


彼の態度も無理はない。


彼の会社の専属カメラマンとしてのオファーがきたのは春。


超有名なファッションブランドからお声がかかったとあらば喜ばしいのかもしれないが、あいにく私は日本を離れるのが嫌だった。


十分過ぎるほどの報酬に、三年間の専属契約、しかし拠点として提示されていたのは本社のあるアメリカ。


当時の私はまだ晴斗に未練タラタラで、クロウから急ぐものでもないと聞いてこんな時期までひっぱっていたのだ。


だけど今なら、断言できる。



「アメリカに行く覚悟が出来たわ。」



インターナショナルな女にスキルアップしてやるんだ。


けれどそんな風に意気込んだ私を彼は無言で見つめるままで、いつもの甘い笑顔で嬉しいよなんて軽口を言ってはくれなかった。



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