俺様常務とシンデレラ
『秘書はボスの考えを誰よりも理解していなくちゃダメなの。ボスの考えていることを、社内外の様々な人に、正確に発信するのも秘書の役目だから』
そう言って、香乃子さんは確かに教えてくれていた。
私はあのとき、香乃子さんの言葉の意味をそれほどまで深くは受け止めていなかったんだ。
もっとよく考えれば、常務が求めていることにも、ちゃんと気付けたはずなのに……。
「秘書が了解したことを覆すということは、ボスの信頼に関わる問題だよ。夏目に突然連れて来られてきみも大変だとは思うが、そこらへんのことはちゃんとわかっているのかい?」
葦原会長の厳しい声にも返せる言葉はなにもなくて、慌てて腰を折って頭を下げた。
「あっ、あの、申し訳ありませんでした。私、何も考えずに、ただあの場にいただけで……」
本当は、それじゃいけなかったんだ。
常務の代理なんだから、常務の考えに基づいて、常務がするのと同じように打ち合わせを進めて来なくてはいけなかったんだ。
「……おい」
するとそれまで無表情で私の横に立っていた常務が一歩踏み出し、私の肩に触れて顔を上げさせた。
眉を寄せ、鋭く細めた黒い瞳は、まっすぐに葦原会長へと向かっている。
「こいつは悪くないだろ。何も伝えなかった俺の責任だ。俺から東堂社長にも謝る。親父だってさっきはそう言ったじゃねえか」