俺様常務とシンデレラ

「きゃあ!」

「佐倉さん、"シンデレラ"って知ってる?」


慣れないピンヒールによろめいた私をふわりと抱きとめ、さり気なく左手を腰にあてる常務。

す、スマートすぎる。

近すぎる距離におろおろするのは私だけで、常務はこんなの慣れっこなんだ。


そう、だから、あの日のキスにおろおろするのも私だけで、常務はちっとも気にする素振りを見せない。


ふーんだ、あんなのは蚊に刺された程度だと思ってるんでしょ。

いや違う、刺されたのは私だけど。



「知ってますよ、そのくらい。灰かぶり姫のことですよね、ガラスの靴の」

「違うよ、そのシンデレラじゃなくて……」


そのときちょうど私たちの側に銀のお盆を持ったウエイターさんがやって来て、常務はそのお盆から小さなグラスを受け取った。


「これが"シンデレラ"。ノンアルコールのカクテルだ」


そう言って差し出されたグラスの中身はオレンジ色で、さくらんぼがひとつのっけてある。

私がそれを反射的に受け取ると、王子様常務は黒い瞳で私を見つめながら、「飲んでごらん」と言った。
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