俺様常務とシンデレラ
「大和さん?」
あたふたする私の耳に、常務を呼ぶ、柔らかい声が滑り込んできた。
ハッとしてそちらを向く。
常務は名残惜しそうに私の頬から手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、よかった。こちらにいらしたのですね。今夜は会えないかと思った」
少し離れた噴水の横に立つ、短めのボブの細身の女性が、ホッとしたように笑顔を見せる。
柔らかな月明かりを浴びて、淡いピンク色のドレスは白っぽく輝いている。
常務がガゼボを出て彼女の方へ向かうので、私も慌てて立ち上がり、その後ろへついて行った。
もう頬の熱も引いているといいんだけど。
それか暗くて見えないことを祈る。
「篠崎(しのざき)さん、お久しぶりです」
庭園に小さく響く常務の声からは、もう完全に意地悪な色は抜けている。
篠崎と呼ばれた女性は、ハッキリとした顔立ちの美人さんで、スッと通った鼻筋と薄い唇が印象的だった。
整った顔立ちに、月の明かりが影をつくっている。
黒い髪を肩の上で切り揃え、小さな顔がさらに小さく見えていた。
そして熱を宿すその瞳はまっすぐに常務だけを見つめ、祈らずとも、私の身体からすうっと熱を奪っていく。
目の前にいるふたりには、月と星とが降り注ぎ、なんだかとってもロマンチックな雰囲気に見える。
私だけが、場違いみたいに。