エターナル・フロンティア~前編~

 不快感を忘れたいので更に水圧を強めていくが、閉じられた瞼の裏側に浮かぶのは忘れることのできない――いや、忘れてはいけない出来事。全てを奪ったこの件は、今もソラを苦しめている。人々に差別を受け、薬がなくては生きていけない。これこそ、悲劇の象徴というものだった。

(何故、オレ達なんだ。こんなことの為に、この世界にいるんじゃない。なのに、どうして……)

 徐に、壁を拳で殴る。痛みによって一瞬だけそのことを忘れることができたが、やはり無理であった。顔を上げ鏡のように光り輝く壁に、自身の表情を映し出す。髪をずぶ濡れにし、悲しそうな表情をする男。それに泣いていたのか白目が真っ赤で、切ない表情であった。

 ふと、映し出された人物が「ソラ」という人間ではなく、他人に思えてしまう。こんなにも弱弱しく、脆く壊れてしまいそうな人間が、自分のはずではない。今までそのように思っていたが、映し出されているのは間違いなく自分自身。それに、己の姿を見間違いはしない。

 流れ出る水を止め、痛む拳をもう片方の手で包み額に当てると、滑るように床に座り込む。額から伝わる体温が、痛みを優しく癒していった。自身は思った以上に弱く、硝子のように繊細であった。自らの腕で身体を抱くと、微かに震えていた。自分に迫る、死の影に対し。

(……オレは、生きたい)

 降りはじめた雨は勢いを増し、音をたて地面に落ちていく。窓の外は雨に煙り、外光は滲んで見えた。外は、思った以上に静かであった。時間的に考えれば活気があってもおかしくない時刻だというのに、今日に限ってソラの耳にはけたたましいまでの音が届くことはない。

「アナタの心は、とても純粋なのよ。だから自らの力に押し潰されてしまわないかと、心配をしているの。類を見ないほどの強い力を持って生まれたことは、アナタにとって幸福なのかそれとも不幸なのか。そのことは、誰にもわからないわ。もちろん、アナタ自身も……」

 ふと、タツキの言葉を思い出す。身体中を包帯で巻かれ、ベッドに横たわっている時に投げ掛けられた言葉。それははじめての出会いで、そして優しく微笑みかけてくれた表情を今でも覚えている。いつも見舞いに来てくれて、沢山の話をしてくれた。実の姉、いや母親のような存在であった。

「……父さん」

 思い出すのは父親との記憶のみで、母親ではない。自分に優しくしてくれたのは、父親の方であったからだ。だから、母親との思い出は少ない。記憶を辿れば思い出されるであろうが、それを行おうとは思わない。正直、良い思い出がない。それに、両親が生きていた頃は――
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