ロスト・クロニクル~前編~
「本気だね」
「本気だよ。お前に、冗談は言わない」
「……そうだった」
「じゃあ、貸せないということ。さて、最後のご奉公でもしようか」
エイルはポケットかハンカチを取り出すと、ラルフに手渡す。
これでインクによって全身が汚れているフランソワーを拭けということだろう、しかしラルフは受け取ろうとしない。
フランソワーに裏切られたことを根に持っているらしく、此方もまた拒絶反応を見せていた。
「あの時は、拭いてあげようとしていたじゃないか。どうして、今は駄目なのかな。そうか、捨てたんだ。今まで愛情を持って、育ててきたというのに」
「拭いた瞬間、噛まれないよね」
「それは、日頃の心がけ。あとは、神のみぞ知る」
「アバウトだよ」
「フランソワーだって、心の底からお前を嫌いになったわけじゃない。まあ、野生に戻りつつあるけどね」
その言葉に、ハンカチに伸ばされた手が止まった。
野生に戻りつつあるということは、いつ噛まれてもおかしくない。
だがハンカチで拭かなければ、機嫌を損ね噛まれる確率が上がってしまう。
ふと、エイルの不適な表情が目に飛び込んできた。
どうやら、本当の地獄はこれからのようだ。
フランソワーが食べたレポートや、輸送のことを素直に報告しに行かなければいけないからだ。
当事者であるフランソワーは連れて行くことはできないので、飼い主であるラルフを連れて行く。
「飼い主でない」本人が主張しようが、この現場を知っているのはエイルとラルフの二人っきりなので、言い訳は通用しない。
それに日頃から“愛するフランソワー”と、叫んでいるのを皆が聞いている。
それが飼い主でなくなったと言っても、果たして信用してくれるか――何よりラルフのおかしな行動は、学園では有名すぎる。
「さて、報告に行こう」
「行くんだ」
「当たり前だろ。フランソワーのこともそうだけど、レポートのことも忘れないでほしいな。セリア先生への報告は、お前にしてもらうからな。まったくお前が関わると、碌なことがない」
ハンカチを受け取ろうとしないラルフに肩を竦めると、エイルが代わりに拭いてやることにした。
その瞬間、マイナスポイントが加算してしまった。
それにより元飼い主を見つめるフランソワーの視線が、獲物を見つけるような視線に変わったことに気付いたのはエイルだけだった。