黒の瞳
EX「春よ、来い」
 ――春の雨というのは、どうしてこんなに、穏やかで優しいのだろう。こっそりと泣いたって、きっと上手く、この姿を隠してくれる。目を閉じれば、共に歩いた道に咲いていた花の香りまで思い出せるようで。淡い紫色の光の中に、あの人の姿を探したくなった。

 この物寂しい日々は、一体いつまで続くのだろう。暖かくなれば、あの人は迎えにきてくれるのだろうか。瞼の奥に愛しい姿を思い浮かべるのも悪くはないけれど、あの頬に、腕に、肩に触れたい。いつかあの声が自分の名前を呼んでくれる日を思って、今はまだ、一人で歩こう。情景が思い浮かぶ演目に、観客はスタンディングオベーションで、アンコールを叫んだ。
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