演劇部の記憶
旧型の軽自動車がクラクションを鳴らしながらこっちに近づいてきた。車から降りてきたのは、運転席からはマスター、助席からは弘。
「晩御飯まだやろ。近くの弁当屋さんで、みんなの弁当買ってくるね」
 そう言ってマスターは車に戻った。
「ところで、弘。さっき下見の帰りに駅で弘とマスターが誰かに会っているのを見かけたんだけど、あれ誰?」
 わたしがそう聞くと、弘の表情が一瞬曇った。
「いや、誰でもないです」
「えっ。誰でもないってことないだろ」
「僕の両親です。東京から明日の大会を見に……」
 演劇の中では、甲子園の優勝投手という活発な役回りをやる弘が、消え入りそうな声で答えた。
「あれ、弘。一人暮らしだったの?」
 確かに、以前、練習を夜遅くまでしていたとき、みんな親に連絡をしていたけど、弘だけ「うちは別に心配しないと思うんで……」と言って電話をしなかった。そのことをわたしは思い出した。
「そうか。おまえ、先輩にうそついてたんか」
 なんだかわたし自身もよくわからなかったけど、2ヶ月ともに練習をしてきた人がうそをついていたと思うと、猛烈に腹がたった。わたしの言葉に対し、弘は何も返せなかった。
「明日は、10時、会場に勝手に来い。ここまで来たんやから、明日だけはつきやってやる」
 わたしは、そう言うと、その場で顔面蒼白になっている弘と事の成り行きに唖然として何も言えない1年生3人を横目に見て、家に帰った。
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