きみの、手



「先輩、一ヶ月くらい前に私と出会ってるの覚えてます?」

「は?お前と?」

「はいっ。その日は夕方からいきなりの雨で、傘がなくて困っていた私に先輩が声かけてくれたんです」



強い雨にどうしようかと迷っていたら、後ろからやってきたあなたが声をかけてくれた。





『傘は?』

『え?あ…持ってなくて。駅まで走ろうかなって』

『駅まで?結構距離あるだろ。これ、使え』

『えっ、でも…』





悪いです、と断った私にいいからと押し付けるようにして傘を貸してくれた。

愛想もない、強引な人。だけど傘を渡した後雨に濡れながら走って行く彼に優しさを感じた。



「その優しさに先輩のことを知るようになって、気付いたら好きになってたんです」

「あー、覚えてねーな」

「あはは、いいんです!それでも嬉しかったから!」



そんな小さな出来事ひとつ、案の定彼は覚えていないだろう。

だけどそれでもいい。私にとっては彼の優しさに触れた大きな出来事だったから。



「……」



そう笑った私に、先輩は少し驚いた顔をしてまた呆れたように息を吐く。



「…手作りっぽくないもの」

「へ?」

「それだったら、食える」

「……」



それはつまり、食べれそうだったら食べてやってもいい、と。完全に拒む姿勢ではないわけで…。



「はいっ!頑張ります!」



やっぱり彼は、優しい人なのだと思う。




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