ただ、そばにいて
「部屋は二階だよ。案内するね」



ナツの顔を見れないまま、私はそそくさと木の階段を上がる。

後からついてくる翔吾は、物珍しげにペンションを見回しながらこんなことを言い出した。



「お前、今仕事抜けられねぇの?」

「抜けられなくはないけど……何で?」

「ちょっと来いよ」

「!? や……っ!」



階段からすぐの部屋の前に着き、ドアを開けた瞬間、翔吾に手首を引かれて中へ連れ込まれてしまった。



「ちょっと翔吾、何す……んっ」



──ドサッと荷物が置かれた直後、頭を引き寄せられ強引に唇を塞がれた。

突然の貪るようなキスについていけず、よろめいた身体は壁に押さえ付けられる。

ようやく唇を離した翔吾は、目を細めて私を一瞥する。



「しばらくお前に会ってないから溜まってんだ。これくらい許せよ」



そう紡いだ彼の薄い唇は私の首筋に移動し、服の上から胸を掴まれた。

いや……嫌だ。すぐそばにナツがいるのに。


これまで何とも思わなかったのに、急に嫌悪感に襲われる。

翔吾のことが嫌なんじゃない。

ナツの特別な相手になれないからと、好きでもない男と抱き合っていた浅はかな自分が、心底醜くて──。



「っ、いや!!」

「……朝海?」



力一杯翔吾の胸を押し返した私は、木製の床にぽたりと落ちた一粒の雫が、自分の涙だということに気付いた。

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