後悔なんて、ひと欠片もない
和史さんは、脂の染みたカウンターに置いた煙草を手に取った。
「うーん…思ってたようには、いかないね…
楽しいのは、本当、最初だけ。
段々、我が出てくると衝突するし。
まあ、しおんちゃんも結婚したら分かると思うけど」
顔を背けて、紫煙を吐く和史さん。
突き出た喉仏。
太い眉。その下の黒目がちな切れ長の目。
形の良い唇の間から、煙が漏れる様子に私は、つい魅入ってしまう。
炉端焼きの臭いと強力な換気扇のおかげで、私の方に煙草の被害はない。
「…うちは、もう完全に冷めてるな。
あいつが別れたいって言えば、いつでも応じる心構えはあるよ」
それは、私にとって求愛の言葉に等しかった。
和史さんは、とっても聞き上手だった。
私は高校時代の美術部の話や、春休み、悠子と行ったスカイツリーの話をした。
午後10時。
「もう一軒行こうか?」
「はい!」
和史さんの誘いを、私が断るわけがなかった。
晩春の夜の雑踏に出た私達は、ごく自然に腕と腕を絡めた。