溺愛御曹司に囚われて
この一度きりの演奏のために、毎日いろんなことをあきらめて一日中ピアノに向かっていたに違いないのに。
これまで築いてきた自分のすべてが崩れていく音を、これまで自分が一番輝いてきたステージの上で、彼女はどんな気持ちで聞いていたんだろう。
「難しい仕事もらっちゃったね、小夜」
「うん……でもがんばりたいなあ」
注目度が高かっただけに、コンクール後の酷評は凄まじい。
結局このコンクールで、種本月子は予選落ちだった。
出るコンクールは入賞があたり前だった彼女にとっても、きっとショックな結果だっただろうに。
『なにが起こったのかはおそらく本人にもわからなかっただろう。種本月子が神童とうたわれたのは、ただその幼すぎる年齢故だったのか。〝鍵盤の天使〟は地に堕ちた。今こそ彼女自身の真価が問われているのかもしれない。』
種本月子は、この記事を読んだのかな。
だとしたら、たったの半年後に、どんな気持ちでコンクール出場を決めたのだろう。
「私、音楽のことはよくわからないけど、彼女が読んで、やっぱり演奏することが好きって思えるような記事を書きたいな」
画面の中の種本月子は、大失敗に終わったコンクール直後の取材にも胸を張って応じている。
彼女を見つめながらそう言った私に、実衣子が隣でうなずいてくれたのがわかった。
* * *
それからいくつかの記事を読み、別の仕事をし、明日の取材の時間と場所を確認してから会社を出て、まっすぐに家に帰った。
そして今、寝室のベッドの上で正座をして、高瀬の帰りを待っている。
「ああ、どうしよう」
会社を出るとき、実衣子に言われたんだ。