溺愛御曹司に囚われて

他のふたりの演奏の間も、種本月子がもたらした興奮は収まることがなかった。

ロビーにコンクールの順位が貼り出され、人がおしくらまんじゅうをしたみたいに掲示板の前に集まる。

最優秀賞は、種本月子その人だった。

彼女は本当に、すごい人だ。
きっとこの小さなコンクールから再出発して、”種本月子”として本当の音楽家になってみせるのだろう。


「ごめん小夜ちゃん、私ちょっと行って来るね」


秋音さんはそう言って、コンクール出場者たちを囲んでもみくちゃになっている人の壁に突進して行った。
何気なく彼女の姿を視線で追う。

その人混みの中心でフラッシュを浴びる種本月子の横に立つ人を見て、頭が真っ白になった。

誇らしげに笑う種本月子。
隣でその微笑みを受け止めるのは高瀬だった。

高瀬もここに来てたんだ。
でもよく考えればそれも当然か。

彼女がコンクールに不安を感じて電話をかけた相手は、高瀬なんだから。
その高瀬がコンクール本番に応援に来ているのは普通のこと。

私はそんなことを考えながら、人の輪の中で祝福を受ける種本月子と、彼女に腕を引かれて隣に立つ高瀬をぼーっと見ていた。

フラッシュがキラキラ輝いて、彼が随分遠くへ行ってしまったみたいに思える。

知らぬ間に涙が込み上げてきて視界がボヤけた。
目の端に零れそうになる涙を拭って顔を上げた。

その瞬間、高瀬と目が合ってしまった。


「小夜!」


彼が私を呼ぶ声が、人の喧騒を切り裂いて響き渡る。
種本月子がつられて高瀬の視線の先にいる私を見て、驚いたように目を丸くさせた。


「や、む、ムリ!」


今にも駆け出してきそうな高瀬に思わず首を振る。
そして高瀬がこちらへ一歩踏み出した瞬間、私は会場の出口に向かって一気に駆け出した。

今はまだ会えない。
まだ覚悟ができていないし、自分がどうしたいのかもわからない。

今会ってしまったら、きっと私はまた高瀬の優しさに甘えてしまう。
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