溺愛御曹司に囚われて
「あっ、小夜! 待て、止まれ!」
高瀬が叫びながら追いかけて来る。
私も何年ぶりってくらいに必死に走ったけど、高瀬のあんな必死な声を聞いたのは初めてかもしれない。
ときどき人の肩にぶつかってよろけながら、それでもひたすら出口を目指す。
「小夜! おい!」
高瀬の声を背中に聞きながら会場を飛び出して、そのまま通りを横断した。
クラクションを鳴らされたけどかまっていられない。
通りを渡りきると、すぐ隣から一際大きなクラクションを鳴らされて思わずビクッとする。
たまらず車の方へ視線を送ると、助手席の窓が開いて、運転席にいた人物がこちらへ身を乗り出した。
「そこのお嬢さん、お困りですか? なんちゃって」
こっちは切迫感と興奮で緊張しきってるっていうのに、なんとも気の抜けた笑顔でそう言った男。
あまりのタイミングの良さに、私は思わず叫んでいた。
「せ、先生!」
私のすぐ横に乗り付けた黒の普通自動車を運転するのは、秋音さんのリサイタルで偶然再会した一ノ瀬先生だった。
私と高瀬の高校の教師で、そして私の初恋の人。
「小夜っ!」
通りの向こうで車に阻まれた高瀬が、いっそう切羽詰まった声で叫ぶのが聞こえる。
あの場所からでも、車を運転するのが先生だとわかったのだろう。
「小夜、そいつの車には乗るな! 近寄るな! 今すぐ行くからそこを一歩も動くな!」
そう叫ぶと車を無視して強引にこちらへ横断し始め、クラクションも急ブレーキもおかまいなしに突き進む。