溺愛御曹司に囚われて
「どうやら俺は相当嫌われてるみたいだな。相変わらずお前の凶暴な番犬みたいな奴だ」
先生が低く笑う。
あの頃から先生がよくやる、私が大好きだった喉を詰めた笑い方。
そして私と視線を合わせると、どこか楽しそうに告げた。
「さて、どうする? 俺と一緒に逃げる?」
私はハッと息を飲んだ。
『先生、私と逃げよう』
高校生の私の声が、どこか遠くのほうから聞こえてくる。
叶えられなかった、その願い。
そして人魚の岬で先生が来るのを待つ私を、ひとりで迎えに来てくれた高瀬。
私はとっさに車のドアを引くと、次の瞬間には助手席に身体を投げ込んだ。
気がつくと車は私を乗せて発進していて、サイドミラーに通りを渡り終えた高瀬の姿が映っている。
「てめえ一ノ瀬! 小夜に手ぇ出したらただじゃおかねえからな!」
そう叫んだ高瀬の声が聞こえてきて、堪えきれなくなった先生は声を上げて笑った。
「はははっ! 相変わらず小夜に関しては余裕ゼロの男だな」
笑いはなかなかおさまらなくて、滑らかに車を運転しながらもくすくすと笑っている。
「あ、あのっ、先生」
ああ、どうしよう。
とっさに車に乗ってしまったけど、これでよかったのだろうか。
もちろん先生のことは信頼しているけど、彼にもなにか用事があったかもしれないし、迷惑をかけてしまうかもしれない。
今までもずっと連絡を無視していたし、高瀬はますます怒るだろう。
だけど、あの場で高瀬に捕まるのだけは避けたかった。
もしも先生の迷惑になるなら、どこか適当な場所で降ろしてもらおう。
息が整わないままオロオロする私を見て、先生が優しく頬を緩めた。
「まあまあ、とりあえずおとなしくそこに座ってなさい。先生に任せとけば大丈夫」
真面目ぶった口調でそう言ったかと思うと、片手を伸ばして私の頭をポンと叩く。
「話は後でゆっくり聞いてやるから」
突然あの頃の先生が戻ってきたような気がして、私の心臓が小さく音を立てた。