溺愛御曹司に囚われて
今まで聞けなかった先生の気持ちが、少しずつあの日のまま凍り付いていた心の深い部分を溶かしていく。
先生はいつでも、ちゃんと私を思ってくれていたんだね。
『人魚の岬で、待ってるから』
いつかの私の声が蘇る。
先生と一緒に逃げ出したかった。
あの日、ここで会えなかった先生が、今私の目の前にたしかに存在する。
「それ以降、小夜の側にはずっとあいつがいるみたいだったから、お前に近付くのはやめたんだ。小夜を裏切った俺には、そんな権利はないと思った」
先生はなんだか泣きそうな声で言いながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「やっと俺のところに返ってきた」
手を伸ばし、私の頬を優しくなでると、そのまま髪の間に指を通してすくい上げる。
それからその手をすぐに離し、自分のジーンズのポケットに手を突っ込んでなにかを取り出した。
「これを覚えてる?」
「わ、こ、これって……」
先生がポケットから取り出したのは、淡いオレンジ色の液体が入った小瓶。
「私の、香水だ」
先生がにっこりと笑ってうなずいた。
それは高校生の頃、私のお気に入りだった香水。
もう日本での取り扱いはなくて、お母さんがフランスから直接取り寄せてくれたものだった。
あの頃先生がたまたまこの香りを好きだと言ってくれたのがうれしくて、半ば強引にプレゼントした。
先生が私の香りを身につけてくれたときの、くすぐったい気持ちを思い出す。
「懐かしい……」
どうして忘れてたんだろう。
私は先生との間にあった楽しい思い出まで、なにもかもを封印してしまっていたみたいだ。