溺愛御曹司に囚われて
「ずっと大事に持ってたんだ。ときどきこの香りで小夜を思い出してた」
「えっ」
なにそれ、なんだかすごく恥ずかしい!
暗闇の中でも、ぼんっと音がして耳まで赤くなったのがわかったんじゃないかと思う。
先生がうれしそうに笑って、小さな瓶の蓋を開けた。
風にのって鼻先に香りが届いた瞬間、胸いっぱいに懐かしさが広がる。
先生と過ごした、放課後の数学科教室。
いつも先生が私を抱いたくたびれたソファがあった。
先生は私と触れ合ったあと、普段は吸わないタバコを一本だけ吸った。
私と先生の関係に唯一気づいた高瀬がたまに邪魔しに来るから、三人で数学の勉強をしたりもした。
今思えば、私が使っていたこの香水を先生にプレゼントしたことがきっかけで、高瀬は私たちの関係に気づいたのだ。
先生が身に纏う香りが私のものだと気づいたのは高瀬だけだった。
「あの日、迎えに行けなくてごめん」
先生がそう言って、静かに私の左手をとった。
そして私の左手ごと、その小さな瓶を両手で包み込む。
「これでやっと終わるんだ」
大事な大事な、秘密を告げるように。
優しくその言葉を紡ぐと、香水の入った小瓶をそっと傾ける。
「小夜。俺たちの恋は、これで終わりだよ」
先生の切れ長の瞳が星を映してキラキラと瞬くのを見た。
ふたりの手の中から、懐かしい香りが零れ落ちていく。
砂浜に染み込んで、零れた香水をすぐに波が攫う。
私たちの間に漂う懐かしいあの部屋の香りは、風にのって夜の海に溶け込んでいった。