【完】女優橘遥の憂鬱
両サイド・二人乗りの理由
 私は海翔さんの好意が嬉しかった。

自分はバイクで帰ることにして、青春十八切符を彼に譲ってくれたから。


彼とは暫く逢えなくなるかも知れない。
そう思った途端、急に寂しくなった。

東京に独り残されることが辛くなった。


私は橘遥……
半年前までAV女優をさせられた女だ。


あのモデル事務所の講師の時みたいに、囃し立てられるかも知れない。

もしそんなことになったら、彼がやっとの思いで取り戻してくれた笑顔さえも忘れてしまいそうだったのだ。




 だから私から海翔さんに頼んだのだ。

どうしても、此処に居たくない。
彼を向こうで待ちたいって言って。


勿論海翔さんは躊躇した。
愛するみさとさん以外、乗せたくないのは解っていて頼んでいたのだ。


でも彼は勘違いしているようだ。
全て私が悪いのに……




 彼には悪いと思っている。

結婚するまで待とうって決めたくせに、彼を挑発するような態度を取ってしまったことに。


『さっき、二人って言ったろ。さあ、愛の時間を楽しんで。あ、まだカミサンじゃないんだったっけ。こりゃとんだことを……』
海翔君はそう言いながら消えて行った。


(海翔さんは、二人のラブラブな時間を付くってくれた)

でも、そう思った途端急に恥ずかしくなった。


『アイツは本当にサプライズ好きだね』


『うん、聞きしに勝る……ん、んんん』

私は彼の唇で次の言葉を塞がれた。


『逢えなくて淋しかった。愛してる。愛してる』

その言葉を聞きたくて今此処に居る。

そう思った。




 『あの……たぶん……海翔君とバイクで来た?』

彼の質問にドキンとした。

私は頷いた。
頷くことしか出来なかった。


その瞬間。
彼の頭に血が上った。


そんなの見てりゃ判る。

私って……
考え無しのバカ。
彼を傷つけてまで……
バイクで来なければ良かった。
海翔さんに頼まなければ良かった。
そう思ったんだ。




 『海翔君のバカやろう。もうヤケだ。このまま、カミサンになっちまうか?』

でも彼はそう言ってくれた。


そっと……
頷いた。
その言葉が嬉しくて……
もう我慢の限界を超えていた。


それでも、理性が邪魔をする。
私達は結局何も出来ず、悶々とした夜を過ごす羽目になってしまったのだった。




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