青春を取り戻せ!
「あっいいよ。そのまま、そのまま。…邪魔をする気はないからね」

彼はコーヒーの入ったコップを僕の前に置いた。

「すみません」

「昨日のこと考えてくれた?」

「何のことですか?」

「だから、若返りの薬の商品化のことだよ」

「若返りの薬ではありません。たんに老化の進行速度をゆるめるだけです」

「そう その薬。…君はその研究をライフワークとして心行くまで続けていいんだよ。しかし、同時に商品化に取り組みたいのだか、わかってくれないか?」

「僕にはこの薬が人類に貢献出来るとは疑問なのです。
まだ人類には、特にあなたには、荷の重い物と思えて仕方ありません」

「なにバカなことを言ってんだ!人類にとって素晴らしい薬に違いない!何故こんな簡単なことが、有能な君にわからないんだ!」

「…とにかく、まだ未完成の薬ですので、その話は後にしてもらえませんか」

「わかった。しかし、君は、私に雇われてるということをお忘れなく!」

と、興奮気味に語気を強めると、ドアを勢いよく閉め、出て行った。


退社時間になり、皆が帰り終わってから、老化のメカニズムに関してのノートを自分の子に別れを告げるような気持ちで一つひとつ燃やした。

僕は未美と白木のために研究をしているという心情的部分はあったが、化学者としての良心はこの薬の消去を決定していた。

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