愛が冷めないマグカップ








乾杯の音頭は笹原主任だった。

真面目なお決まりのスピーチに、乾杯が待ちきれない年配の職人さんたちがヤジをとばし、強制的に乾杯を言わされたようなかたちだった。


バスの中から既に出来上がっていたオジサマ達は乾杯の声もろれつがまわっていない程で、目の前に並べられた豪華な会席料理に歓声をあげるのはパートのおばさまたち。「タッパー持って来ればよかったわ」のお決まりの台詞も、冗談なのか本気なのかよくわからない。

バスの車内の若手合コンでくっついたカップルは、皆がお酒に酔いはじめると、恥ずかしがることもなく仲良くいちゃつきはじめていた。




「あゆみちゃん!意外と飲めるじゃーん!てか、この鯛の刺身最高ー!」



宮間さんがビールを勢いよく飲む隣で、あゆみは梅酒を飲んでいる。料理は美味しい、お酒も美味しい。


乾杯の声のあとに周さんにビールをつぎにいったら、そんなことは気にせずたくさん飲んで食べなさいと言われてしまった。けれどあゆみは、周さんのその社長らしくない優しさが好きだと思った。
誰かが上司にお酒をついでまわっても、すぐに注ぐ側も注がれる側もベロベロに酔っ払ってしまって、あとは好き勝手に飲み始めるといった感じだ。無礼講、無法地帯という言葉が似合う宴会場。




「あゆみちゃん、どう?この会社」




宮間さんがあゆみに聞いた。まわりがざわついていて少し耳を澄まさないとうまく聞き取れないくらいの声でさりげなく。





「わたし、好きです。ちょっと変なところもあるけど、みんな、いい人で。好きです。もっと、好きになりたいです」




あゆみはまわりを見渡しながら言った。統一感がなくてバラバラで、変な人ばかりだけど、素敵だと思う。




「そっか。ありがとう、あゆみちゃん。あたし、嬉しいな」





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