愛が冷めないマグカップ



「でも、ほんとに見てるよ。ほんとはあゆみちゃんと話したいんじゃないかな。エリカ様がずっと離れないから動くに動けないのかも」




宮間さんは、一生懸命カニの身をかき出しながらあゆみに言った。

あゆみは小林部長に目をやった。まるでクラブかキャバクラのお姉さんのごとく、小林部長にお酒をついだり煙草に火をつけたりと甲斐甲斐しく寄り添うエリカ様はやっぱり綺麗だ。ふたりはお似合いだ、どこからどう見ても。




「小林部長も、石橋さんと一緒にいたいんですよきっと。普段は社長室で、わたしなんかの顔ばかり見てるからきっとうんざりしてるんですよー。わたしはどうせ、豆柴くんですから」




「豆柴?あはは。あゆみちゃん、たしかに豆柴に似てるかも。顔っていうか、雰囲気だよね、うん、わかるわかる」




宮間さんは手を叩いて笑っている。お酒が入るとくだらないことも面白くなるタイプらしい。




「やっぱり似てるんですか…。ちょっとショックです」




あゆみが溜め息を吐き出すと、宮間さんが「あっ」と思い出したように言った。




「そういえば、小林部長のお父さんがね、昔、工場で柴犬を飼ってたの」




「えっ?そうなんですか」




「うん。いま、思い出した。しかも名前が『アユ』だった」




「ええーっ?ほんとですか」




「ほんとよ。アユは工場の看板犬だったんだけど、小林部長のお父さんが亡くなって次の日に逃げ出してね、行方不明になっちゃったの。それっきり、みつからなかった」





< 105 / 166 >

この作品をシェア

pagetop