恐怖へいざなうメールはいかが~from.ミチカ
「勉強、忙しいんだろ?よくそんな時間あったな」
「勉強するのが嫌になったら、気晴らしにこの曲聞いて練習していたんだ」
「気晴らしついでに歌の練習するなんて、あいかわらず要領がいいな。さすが香!」
「何回くらい練習したの?」
「二十回は歌ったかな」
「二十回も!そりゃ、うまくなるよ」
私はソファーの背もたれによりかかると、後ろへのけぞった。何事も熱心に取り組む香のヤル気に、心底感心した。しかし私達は香のおかげで大いに盛り上がり、楽しめた。感謝しなければならない。
 気がつけば一時間が過ぎていて、驚いた。
「もう一時間経っちゃったよ。一時間なんて、すぐだね」
香は、涼子が歌っている間、携帯電話を開いて時間を確かめた。
「本当だねぇ。楽しいとぉ、すぐ一時間くらい経っちゃうぅ」
茜はタンバリンを叩くのをやめ、小首をかしげると、デジタルパーマをかけた髪の毛先を指先でクルクル巻きながら言った。そして、何かを思い出したかのようにハッとした。
「ねぇ、ハルちゃん。…そう言えばぁ、昨日からぁ、メールが一通も来ていないけどぉ、トラブルでも起きたぁ?」
「えっ?」
私はドキッとする。一番聞かれたくない質問だ。できることならウヤムヤにしてしまいたかった。だが香も茜も真実を聞きたいらしく、興味津々な目で私を見ている。歌を歌っている涼子まで横目で見ていた。
「ねぇ、どうなのぉ?何かトラブルがぁ、起きたのぉ?」
「いや、それは…」
「ハルちゃん、忙しいんだよね。今日迎えに行ったら閉店五分前に着いたんだけど、ショーケースを見たら中にはドーナツが一つもなかったの。つまり、全部売れたって事じゃない?どうなの、ハルちゃん?」
「うん。香の言うとおり、今日は商品が全部売れたんだ」
「すっげぇー!すっげーじゃん!」
涼子は歌うのを止め、叫んだ。
「でも、私も一年間働いて初めての事なんだ。だから、すごく驚いている」


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