バターリッチ・フィアンセ




「そろそろ、お店に行った方がいいのかな……」


ゆっくりお化粧をしてから、壁にかかった時計を見ると九時過ぎだった。

テーブルの上に畳まれていた仕事着らしき服は私にサイズがぴったりだったので、たぶんこれを“着ろ”ってことよね、と予想して昨日の昴さんとほぼ同じスタイルになった私。

ものすごく、パン屋の店員っぽい……!

家の中に全身を映せる鏡がないのが残念だったけれど、キョロキョロと自分の姿を何度も確認しては、いちいちそんな感動に浸った。



「おはようござい、ま――」



何も考えずに、お客さんと同じルートからお店に入ろうとした私。

けれど扉を開いてすぐ、店内を埋め尽くす人の多さに圧倒されて、しばらくその場で固まってしまった。


そのほとんどは、昨日来店していたような、品のよさそうな主婦。

きっとこの辺りの住宅街に住んでいるのだろう。


彼女らは入り口から昴さんの居る奥のレジ前まで、一列に並んで棚のパンを楽しそうに選んでいた。


こんなに人気があるお店なんだ……

そう、他人事のように思っていた時だった。



「――織絵!」



はっと我に返ると、レジのところで昴さんが私を手招きしている。

主婦たちの視線が一気に私に集まり、少しだけ恐怖を覚えながら小走りで彼の元へ近づいた。


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