妖精と精霊と人間と

第二十二・五話 第一部 サキュバス

 サキュバスは、長い黒髪を持った美しい魔女だった。黒い長い髪を床に引きずり、薄い水色の装束がとても似合う笑顔の綺麗な女性だった。しかし、時代は無常にも、魔女狩りに盛を出している時代であった。彼女は、自分が魔女である事を隠し通してきた。だが、ある日自分が魔女である事がバレた。彼女は、牢獄に放り込まれた。呪文が使えないように、金の鎖で両腕を天井から吊るされた。だが、その眼は生気を失うどころかランランと燃え、輝いていた。長い黒髪はいっそう長くなり、その腕はいつしか細くなり、ある日突然、かせから抜け落ちた。彼女は歓喜の叫び声を上げた。そして、久しぶりに魔法を使った。見事に、鉄の牢獄は崩れ落ちた。彼女は、人間に復讐を誓った。しかし、体力の衰えていた魔女は再び人に捕まり、もっと頑丈な檻に入れられ、もっと頑丈な鎖で、何重にも、何重にも、拘束された。それから、何年の月日が流れたのだろう。次に瞳を閉じたら死ぬ。そう直感した時だった。壁が、音も無く崩れ落ちた。そして、彼女の身体を拘束する物も全て無くなった。ダークエルフとなったラージェルが、彼女を助けに来たのである。『我に仕えよ、美しき魔女。お前に、人を滅すための名をやろう。【サキュバス】。それが、今日からお前の名よ。』ラージェルはそう言うと、サキュバスの顔に自身の手首を切って血をかけた。これで、同志だとでも言うかのように。サキュバスはにっこりと微笑んだ。まるで人間に拘束される前のように、優しい笑顔で微笑んだ。
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