妖精と精霊と人間と

第九・五話 ウンディーネ

 ウンディーネ。四大元素の精霊の一人。水をあやつる。
 ウンディーネは、家族揃って生物学者だった。それも、希少動物のである。つまり、ユニコーンやエルフなどの、珍しい生物の研究をしていたのである。だが、ある日、彼女は家族で研究所から逃げ出した。建物の外まで来たところで、父が銃声と共にその場に倒れこんだ。母が父の元に駆け寄ると、母も父と同じようにして倒れこんだ。一家の長女は、弟を連れて逃げた。だが、何歩も行かないうちに捕まってしまった。弟は姉の眼前の監獄に入れられた。しだいに、弟は姉の前からいなくなる事が多くなった、そして、いなくなるたびに彼の傷は増えていった。そんな中で、弟が丸一日経っても帰ってこない日の次の日、姉は外の死刑場に連れ出された。久しぶりの外は眩しかった。眩しい中に見慣れた影が見えた。最愛の弟が、死刑台に腕をつるされているのが見えた。弟の美しい長い黒髪が風でなびいて、彼の表情が見えた。彼は、笑っていた。姉は弟から目をそらした。辛いくせに、にっこりと微笑んでいた。それが見ていられなかったのだ。彼女の監視役が、彼女の青く長い髪を上にグイッと引き上げる。彼女の黄金の瞳に涙が浮かぶ。弟の腹部と首筋に鉄の斧が落下すると、姉は叫び声を上げ、号泣した。弟は、真っ赤な花を咲かせる瞬間ににっこりと微笑んだ。『さようなら。僕の大好きな姉さん。』そう呟いて微笑んだ。姉はその場に泣き崩れた。泣くだけ泣くと、彼女は建物から、希少動物を全て逃がした。そして、自分もそれに混じって逃げた。近くの泉まで来ると、彼女はそこを覗き込んだ。父と母、そして最愛の弟の姿が映った。『父さん、母さん、ジェームズ、今行くよ。』姉はそう呟くと、水の中へと飛び込んだ。水の精・ヴォジャノーイは、彼女の悲しみを瞳の光を消す事で閉じ込め、彼女を四大元素の精・ウンディーネに変えた。目の下までの長い前髪、元の長さのままの耳の横の髪、ショートカットのそのままの色の髪、紺色のアイマスク、ギリシャ神話のような薄い水色の服。ウンディーネは微笑むと、水の底の蓮の花の中へと消えていった。花はつぼみへ、そして種まで戻った。その種は、アスタリスクで結ばれた水滴のようであった。
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