マルカポーネの心配事
「何とか言ってよマルちゃん」
涙でぐちょぐちょの顔を急接近させるので、とりあえずペロリと舐めてやったら

「やっぱ、私にはマルちゃんだけだよー」
また号泣。

やれやれ困った女だな。

ペロぺロと塩味の涙を舐め、由紀との過去を思い出す。

まだ生まれたての俺
兄弟は6匹
父親の顔は知らない
探そうとも思わない
それがペット業界の礼儀。

母親は言った
『飼い主には忠実に、愛を注いであげなさい。しょせん人間。あなた達のキュートな仕草で操りなさい』
俺達はそれを守る。

ゲージに入れられ
不安そうに大型ペットショップで沢山の人間に見られていると、ガラスの向こうで

「可愛い」
目を丸くして女が言った。

「トイプードル?」
女の横でスーツ姿の男が声を出す。

「茶色い巻き毛が可愛すぎる。目が合った時、離れられないと感じたの。運命だわ」
何かに酔ったように
女は男に言い
男は「しょうがないなー」って店員さんを呼ぶ。

こいつか?
こいつが俺を買ったのか?

ガラス越しに近寄り
女の顔を見上げる。

目が丸くて
犬なつっこい顔が母親の面影に重なる。
鼻はツヤツヤしてないけど

こいつ
嫌いじゃないかも

由紀の印象はそんな感じだった。
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