先輩上司と秘密の部屋で
ごくりと息を呑んだ杏奈にも、部屋の中の緊張感が伝わって来る。
自由奔放な恋愛ばかり繰り返してきた隼人も、ついに年貢を収める時が来たのだろうか。
一瞬だけそんな期待をした杏奈だが、その願いは辛くも崩れ去る。
妖艶な笑みを浮かべた隼人は、握り締めた女性の手をやんわりと自分の身体から引き剥がしてしまった。
「ごめんね。今は仕事が一番なんだ」
当たり障りのない断り文句に、女性は表情を暗くする。
確か高校の時は“勉強が……”と断っているのを思い出し、杏奈も激しく落胆した。
隼人が真面目に恋愛しようとしない理由が、全くわからない。
続いた女性のセリフも、杏奈にとっては信じられないものだった。
「隼人くんっ、あの……だったら……一晩だけでも、私の相手してくれない? そしたら、ちゃんと諦めるから」
会話の盗み聞きなんてしなければ良かったと、杏奈は激しい後悔に襲われる。
その場限りの享楽をちらつかされて、男が食いつかないはずがない。
隼人が両手を挙げて喜ぶような誘いだと、杏奈は思ってしまったのだが――。
「悪いんだけど……そういう不誠実なことも、俺には出来ない」