先輩上司と秘密の部屋で
***
時刻は午後二十一時を少し過ぎた頃――。
杏奈は公園のベンチに腰を下ろしながら、刻一刻と近づくその瞬間を静かに待ち詫びている。
あれから会社を出た杏奈は、ひとりでファミレスに寄り、味気ない夕食を口の中に必死で詰め込んでから、ここへ足を運んだ。
会社から電車を乗り継いでわずか十分の距離にある、閑静な住宅街。
駅からは徒歩五分程度。目の前に聳えるのは、ほんの二週間前まで暮らしていた立派なタワーマンションだ。
不動産会社を経営している叔父から隼人が国立大学の合格祝いに譲り受け、以来六年ほどここで暮らしている。
杏奈は心を落ち着けるため、静かに息を吐き出した。
もう決心はついている。
隼人が話してくれないのなら、自分がこの目で確かめてやると、勇んでここまでやってきた。
もし誰かと幸せに暮らしているのなら、それでいい。
その時は絶対に邪魔をしないという覚悟を、杏奈は胸に秘めていた。
「あ……」
地上から数えて五階。左の一番端の部屋に光が灯ったのを確認した瞬間。
杏奈の足は、マンションに向かって真っ直ぐ進み出していた。