先輩上司と秘密の部屋で
足が震えて、動き出そうとしない。
全く予想していなかった展開に、杏奈の心は大きくかき乱されていた。
「……聞こえないのか」
一向に動こうとしない杏奈に、嵐士は更に冷たい言葉を投げかけてくる。
会社でもそうだったように、話もろくに聞けない女と思われてるに違いない。
いくら隼人の妹だからといっても、こんなどんくさい女に構っていられる程、彼も暇ではないのだろう。
嵐士は無言でドアに肩をもたせながら杏奈を見据え、煩わしそうに目を細めていた。
杏奈は針で突かれるような胸の痛みに耐えながら、キャリーバッグを持つ手に力を込める。
どうにか進みたいという気持ちだけで足を無理やり踏み出した杏奈は、玄関サッシの部分に足先を躓かせてしまった。
高いヒールのせいでバランスが崩れ、杏奈は前のめりに嵐士に向かって倒れこんでしまう。
たくましい胸板に頬がぶつかり、杏奈の顔は火がついたように赤くなってしまった。
「ご、ごめんなさい……っ!!」
跳ね返るように上体を起こし、杏奈は目にも止まらぬスピードで嵐士から離れていく。
しかし、返事は何も帰って来ない。
嵐士は口を閉ざしたまま、不機嫌そうに杏奈から視線を逸らしていた。