先輩上司と秘密の部屋で
嵐士は杏奈を玄関に置き去りにしたまま、長い廊下をスタスタ進んでいく。
もたつきながらパンプスを脱いだ杏奈は、玄関に荷物を置いたまま、急いでその背中を追いかけていた。
せめてクリーニング代ぐらい渡したいのに、声をかける勇気がない。
無視されたり嫌な顔をされてしまうのが、杏奈は怖くて仕方が無かった。
廊下を抜けると、二十畳近くある広いLDKが見えてくる。
嵐士は終始無言のままキッチンに向かい、冷蔵庫を開け中から何かを取り出そうとしていた。
奥には八畳の洋室が三つ。以前は杏奈と隼人がひと部屋ずつ使い、残ったひとつを客間としていた。
今日はたまたま嵐士が遊びに来ていただけで、あの部屋には普段誰か女の人が住んでいるのかもしれない。
たった二週間離れていただけなのに、この空間はもう杏奈の知らないものになっている。
ぼんやりとリビングを見渡していた杏奈は、コーナーソファーの端からはみ出た人の足に驚いて、小さな悲鳴をあげてしまった。
「え、誰……?」
ソファーの背面からは、誰が寝ているのか判別もつかない。
ゆっくりと背もたれに手をかけた杏奈は、恐る恐る前に身を乗り出していた。