甘く響く

@2

翌日
水色のワンピースを着て髪を一つにまとめてレイは同じ時間に店で待っていた

「私もあなたが結婚する夢でも見ようかしら?」

言って自分で笑いながら茶化すジーンは生花で作ったブローチをレイにつけてくれた

即席で作ったとは思えない出来のブローチに驚きながら
レイは短くお礼を言う


そのうちエンジンの音がして店の前に高級そうな車が止まった

昨日の男性が助手席から降りて来て
一礼して後部席のドアを開けてくれた

レイはジーンに手を上げるだけの挨拶をして
車に乗り込んだ



「当主様からご挨拶をさせていただきます。着いたら応接間へご案内いたしますね」

リンリンを見て帰るだけだと思っていたので
ちゃんとした服をきてくればよかったと少し後悔した


「そのブローチ、とてもお似合いですよ。当主様も花が好きなのでそのブローチにきっと驚かれますよ」

男性の言葉にレイは少しだけ心が軽くなった


そんな話をしていると
すぐに大きな屋敷の前に着いた

高台にある屋敷は街からも見えるが、近くで見るととても大きい
運転手が門番に挨拶すると
甲高い音を立てて門が開いた

車は門を抜け、屋敷の玄関に横付けして止まった


男性が迎えに来た時と同じように後部席のドアを開けてくれて
レイは静かに降りる
案内されるまま屋敷内に入り、長い廊下の突き当たりの部屋へ通された


「こちらで少々お待ちください」

男性はそう言って一礼する
そしてそのまま部屋を出てしまった

日当たりのいい席へ座ると
大きな窓から背の高い花が見えた

今にも咲きだしそうな大きな蕾が
水滴を反射してキラキラと輝いている


ーリンリンが咲かないのです

男性の一言を思い出して
もう一度窓の外を見た


「…私に…何ができるんだろ…」


呟くように独り言を言うと
ドアから小さなノック音がした

気の抜けていたレイは驚きと緊張で
音を立てながらイスから立ち上がった
ワンピースの裾を直して小さく呼吸をすると
ゆっくりとドアが開いた


「失礼します」

男性がドアを開けて
50代くらいの男性が部屋に入ってきた

「初めまして、レイさん。私は当主のアル・ヴァイオレットです」

アル、と名乗った50代の男性は大きな手を例に差し出した

当主様の前でかなり緊張していたが
レイはアルの手を取った

「レイです。何かお役に立てることがあればおっしゃってください」

手を握り返して言うと
アルは満足そうに頷いた

「そのブローチ、とても素敵ですね。美しいあなたにとてもお似合いだ」

アルに
美しい、と言われて
レイは自分の顔が赤くなるのがわかった
熱が頭に登っていく

社交辞令とわかっていても
普段褒められなれていないので顔が熱くなる
レイは頭を小さく振って熱を冷ました


「話はゼルから聞きましたか?」

ゼル、と、呼ばれたのは
あの迎えに来てくれた綺麗な男性だった

ゼルは傍らでコーヒーを淹れて
アルとレイの前へ出してくれた


「はい、伺いました。その…夢で、見た、と」

アルは少し寂しそうに俯きながら何度か頷いた

「信じられる話でないことはわかっています。ですがレイさんが予言通り街の花屋にいらしたのは事実なんです。…兄と面識はありますか?」


アルは懐から一枚の写真を
レイの前へ差し出した

リンリンに囲まれた
すごく綺麗な顔立ちの男性が写っている

どこかアルに似たその男性が
アルの兄だと理解するのは簡単だった


「…ごめんなさい。わかりません」

記憶を辿ってみたが
レイの頭の中にその男性はいない


アルはまた何度か頷いて

「なぜ兄があなたを呼んだのかわかりませんが…きっとあなたには何かがあるはずなんです。丁重におもてなしさせてください」


アルは深く頭を下げた

レイは驚いて頭を上げるよう促す


「私、プロポーズの時はリンリンを貰うって決めているんです。咲いてもらわないと困りますからね。出来ることがあるなら何でもします」

レイがそう言うとアルは嬉しそうに頷いた

「信じてもらえないと思っていたので…嬉しいです」

これからよろしく、と
アルはまたレイに手を差し出した

レイもまた、アルの手を取り握り返した
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