私が恋した男〜海男と都会男~
 書きかけの原稿のファイルを保存して、財布とスマホを手にして編集部フロアを出た。

 そういえば姫川編集長たちは外で話すと言っていたけれど、編集部フロアがある2階の廊下には姿が無いから何処か別なところで話しているのかな?

 階段を降りてロビーに向かおうとしたら、そこに2人の姿が見えた。

「俺さ、九条をあんな辛そうな顔をさせるために姫川の所に異動を許した訳じゃないよ」
「………すまん」

 私のことを話しているみたいだけど水瀬編集長の声がかなり怒っている気持ちが含んでいるし、とてもまずいタイミングに遭遇しちゃったよね。

 外に行くためには2人の前を通らなくちゃいけないけど、ここは買いに行くのを諦めて編集部フロアに戻ろう。

 足音をたてないようにそっと階段を登って、編集部フロアに入って自分の席に戻った。

 あまり水瀬編集長が怒ったところを見たことがなかったけど、それよりも姫川編集長の「すまん」という言葉が、いつも私を叱咤激励をする時と違って弱弱しく感じたなぁ。

 編集部フロアのドアが開いて2人が入ってきたのが見えて、姫川編集長がタウン情報部のエリアに近づくたびに体が緊張してきて、そして私の側に来た。

「九条、ちょっといいか?」
「はい」

 姫川編集長が右手の人差し指で編集部フロアのドアを差したので私は頷きながら席を立ち、編集部フロアを出てると廊下の端に来て、姫川編集長は身体を壁に預けて腕を組む。

「まぁ…あれだ、仕事に恋愛を持ち込む奴ってと思ったが、俺も言えた立場じゃねぇな。でも宇ノ島でお前を泣かせたことは謝るが、キスをしたことは謝らん」
「姫川編集長、私は―…」
「言わなくていい。その続きは俺じゃなくて海斗に言え。俺たちは此れからも今のように上司と部下としてだな?」
「はい…、お願いします」

 "上司と部下として"…、本来なら私から言わなくちゃいけないのに姫川編集長から言わせてしまった。
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