桜が咲く頃~初戀~
『香奈ぁ。パン屋の車が来たからバァちゃんチョコパン買うけど香奈は何がいいかね?』

3日に1度の割合で移動のパン屋がやって来る。

「ロバのパン屋」だ。

田舎にはこうした移動サービスがよく代わりばんこでやって来て惣菜やら、肉や、魚等でなかなか出かけられない人にはとても有難い移動のお店だ。


時折2週間に1度は移動の図書館等も来ていた。香奈はその半月に1度来る移動図書館が大好きだった。


『香奈ちゃん。また来とんね。おんちゃん香奈ちゃん来とるかな思うて香奈ちゃんに本を持って来とるよ「銀河鉄道の夜」知っとるね?宮沢賢治?』

年齢は40過ぎ他辺りの背の小さい中肉中背の頭は少し禿げて来ては居るけれど優しい面持ちは香奈は嫌いでは無かった。むしろ香奈の狭い世界の中の信じられる存在だった


『うん。まだ読んでない』

そう言うと、おじさんはニコリと笑って


『ほなら、いい話しだから読みなさい。上げるし持ってかえりぃ。その中のな「よだかの星」って話は凄くええからな』

そう言ってから暫くして帰って行った。

おばぁちゃんの家に帰ると同じチョコパンが買って縁側に並べてお盆に乗せられて置いてあった。

「あっ、圭亮君。今日も来るんや」

毎日、圭亮はおばぁちゃんの家に遊びに来るのだ。何故毎日来るか?おばぁちゃんの家に圭亮が来るのはおばぁちゃんに香奈を見てやってと頼まれるからだった。

今になって思えば圭亮はおばぁちゃんに頼まれ無くても香奈に会いに来ていた事が分かった。そう思うと香奈は笑ってしまう。


ただ、圭亮が来て一緒に縁側で過ごしても何も話す事も無かった。圭亮は何かに話しかけては来たけれど香奈は返事する事も無く本を読み続けるのだ。


あれは、恥ずかしいと思ったからだと香奈は思い出した。



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