ストレイ・キャット☆シュ-ティング・スタ-
「どう? 具合の方は」

 毎日のように足を運ぶ黒川珠希。当時の彼女であって現在は妻であり、ぼくの闘いの人生を見守ってきてくれたひとりでもあった。「うん。身体は全然大丈夫。でも、ずっと寝ているから逆に疲れるかな。腰痛いよ」
 ぼくは左半身の異常以外健康体であったにも拘わらず、検査入院のために仕方なくも病院のベッドに括り付けられていた。
 ベ−ジュ色に施された上着をスチ−ル製のハンガ−に掛け、ベッドの横に腰を下ろす珠希。病室は四人部屋。室内にはぼくともうひとり。三十代の男性患者。

「あの患者さん、すごいよね……」

 珠希はぼくに缶コ−ヒ−を手渡しながらつぶやいた。

「事故らしいよ」

 その患者は両足を骨折していて、ギブスと包帯で一回り巨大に膨れ上がっている。顔面も傷だらけなのか、白いガ−ゼに覆われていて話せないようすだ。

「ICU、集中治療室がいっぱいで、ここに一旦入っているみたいだよ」

「そうなんだ」

 点滴からリズミカルに流れ落ちる液体。微かに聞こえる電子音。慣れない病室の重い空気が、ぼくの身体を蝕んでいくようでこころを締め付ける。
 ぼくの身体は他のひとの身体よりも三ミリずれる。なにかをしようと動作するとブレてしまう。


 企図振戦


 痛みなんかも、痺れなんかも全くといっていいほどなくて、それが余計にもどかしくて、ぼくは自分の置かれている立場にただただ苦悩していた。


 検査入院してから二日目。本格的に検査が始まった。病室には家族に友人、そして珠希が見舞いに足を運んでくれた。
 ベッドの横にはたくさんの花。恋人の珠希は毎日のように顔を見に来ては、うなだれているぼくを励まし、元気づける。

「省吾、悪く考えないで、前向きに考えようね。これで今までの辛かった身体の膿が出せると思って頑張ってね」

 清楚な装いで見舞いの品々を解く珠希。珠希の着けたコロンの香りがほのかに香り、ぼくの鼻頭に届いて少しばかり気分が落ち着く。

「明日も検査するの?」

 沢山の見舞い品の中から、真っ赤に色付いたリンゴをひとつとって、ジ−ンズの両足を揃えて丁寧に皮を剥き出す。あの両足を骨折した患者はすでに病室にはいなくなり、きっと集中治療室にベッドを移されたのだろう。
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