ファンレター
「私…、私は十が昔と変わってしまうのが恐かったんです。毎日をどんな風に過ごしてるかが気になって、よくわからない世界に染まっちゃうんじゃないかって不安になって。…だから、ちょっと様子を見に来ただけです。邪魔するつもりなんてないし、それ以上の事も望んでませんっ」
呼吸が荒くなる私に、尾根さんは拍手をする。
「立派なことを言ってくれますね。でも、果たしてそれが正直な気持ちでしょうか」
「……」
正直な気持ち…。
そう言われると、気持ちが弱気になる。
メガネの奥から見下げる細い眼差しに、私は足が竦んだ。
だめ、絶対に勝てない。
「あんたにこの子の気持ちがわかるのか!自分の女も大切にできない奴にっ」
桂さんが立ち上がり、つかみかかるように尾根さんに迫った。
大北さんは何も言わず、ただ拳を震わせてる。
張り詰めた緊張感が、部屋中に広がる。
私は…、もう何も言えなかった。
この状況が恐くて、口を開くことさえできなくなってた。
そんな私を横目に、尾根さんはスーツを整えて、後ろを振り返りながら部屋の扉を開ける。
「桂、次はないぞ」
そう強く吐き捨てると、背を向けたまま私に言った。
「都立啓宋学院。十の通う高校です。三時過ぎには出て来るでしょうから、明日行ってみるといい」
私は多美と視線を合わせた。
十の通う高校…。
「しかし、様子を伺うだけにしてくださいね。あなたの気持ちが、先ほど言ったとおりなら、くれぐれも一般のファンのような、またはそれを超えるような行動は謹んでください。彼の今後の邪魔になります」
念を押して、尾根さんはその場を後にしたのだった。