やまねこたち

蓮二はそのままリビングに直行して、あたしをソファに寝かせた。
リビングにはいつもの強面顔が更にこわばっているパパが居た。
上からあたしの着替えを持ってきた豹が下りてきた。

目だけ動かして、2人を見上げた。

は?何?今日はみんな仕事あったんじゃなかったっけ。

ぼんやり考えながら、豹に抱えられて服を着せられる。

「な、に…」

喋りにくい喉でそう紡ぐと、豹は眉を寄せた。
何だその不快そうな顔は。アホみたいな白髪しやがって。

「お前…頑丈だな」
「は?」

不意に込み上げてくる喉の痛みに、むせる。

「艶子、冷蔵庫に入ってた牛乳飲んだろ、蓮二の」

豹は眉を寄せたままあたしにそういった。
パパは無言であたしに毛布をかける。大人の優しさだ。この白髪も成人こそしてるけど。
そこで蓮二が2階から下りて来た。着替えている。

あたしは記憶を張り巡らせた。

牛乳…


そうだ、シャワーから出て、喉が渇いたから適当に冷蔵庫の中にあったもの飲んだんだ。

たしか牛乳。

「艶子あれな、薬なんだ」

蓮二が苦笑しながら言った。
あたしは耳を疑う。薬?風邪とかに飲む、あれですか?

「お前が想像してる薬じゃない。まだ試験中の薬品だ。ちなみに、麻薬のほう」

そこであたしは今日起こったことを振り返る。
全て繋がった気がした。

「…は」

想像以上の現実だった。
え、まじか。あたし麻薬?飲んじゃった?しかも試験中の?
え?味なんかおかしくなかったんだけど。普通に2口くらい飲んだんだけど…

「副作用もまだはっきりしていない薬品だ。依存性があるというのははっきりしている。まだ人に試した事がないと奴は言っていたが…」
「え、は、ちょ、ま…まじで」

結構かなりまじでやばいやつなんじゃないの、これ。

「だって、見た目、」
「俺が悪かった。こん中で牛乳飲む奴なんて俺しかいねぇと思ってたもんだから、適当に牛乳パックんなかいれちまったんだ」
「いや、待て。そんな得体も知れない薬品を蓮二に任せた俺に責任がある。見つけたら最後まで責任をとるのが筋だ。俺が悪い」
「おい親父、聞き捨てならねぇな」
「何だこの馬鹿が。こうなったのはお前が安易に牛乳パックなんかに入れるからだろう」
「だってよ、冷蔵庫保存って親父が言うから」

え、ちょっと待て。このアホ達に話を違う方向に持っていかれてしまう前に。

「味も、牛乳で…」

2人は動きが固まった。豹だけが面白そうに笑っている。こんの能天気が。

「味が牛乳?…そう、なのか」

パパは顔が強張ったまま立ち上がった。
真っ黒のコートをしっかり着込んで、すぐに外に出て行ってしまった。

「なに…?」

何でそんなに慌ただしく出て行ったんだろう。

「その薬品、親父が麻薬売買人を相手したときに、たまたま手に入れた奴なんだ。そういう名前が出てない薬も、仕事してるうちに稀に出てくるんだ。そう言ったもんが裏のやつに売れるんだよ、情報として」
「それがかなり高額で売れる」

いつも以上に働かない脳みそをフルで回転させる。
得体の知れない、謎な薬品の情報が高く売れるってこと?

「そればかりじゃない。これからその薬品を調べてみて、いくらでも可能性は出てくるってわけだ」
「もしかしたら近い将来、お前が飲んだ薬が病院で使われるような薬になるかもな。そういう可能性があるから、薬の情報は高く売れるんだ」

豹はおかしそうに笑った。
こっちは死ぬほど体調が悪いってのに、こいつはよく笑っていられるもんだ。

「まぁなんにせよ、今お前が死んでねぇってことは大丈夫そうなんだな」
「は、簡単に決めないでよ」

こっちは生死かかってんだぞ。
なんだその、超危険な薬物。一歩間違えたら死ぬとこだった。
あたしは無言で蓮二を睨みつけると、そいつは申し訳なさそうに苦笑した。

「だって艶子が牛乳飲むとかしらなかったし」
「…パックに何か書いとけよ」
「女がパックから直飲みすんじゃねぇよ」

豹に言われて、思わず黙った。確かに、あたしがその薬物を仮に飲もうとしても、コップに注いでいたら気付く可能性もあったはずだ。話によると、その薬品の色は薄茶色。まさに危険な香りが漂っている。

「まじで、パック軽くなってたからびびったわー」
「大騒ぎだったよな。お前が家出てから直後のこと」

2人はそんなに気にしていなさそうに笑っている。
終わったみたいな感じになってるけど、あたしは絶賛絶不調だ。
頭も喉も尋常じゃないくらい痛いし、熱出すとき特有のだるさが体を襲っている。

はぁ。そういえばやけに寒かったし。そこで引き返しておけばよかった。


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