恋文
「そんな不満そうな顔すんなよ。悠哉だって仕事から抜け出しづらい時くらいあんだよ。」
そんなことを言われては言い返せる筈もなく、アタシは押し黙ったまま、刻々と時を刻む時計とにらめっこをしていた。
しばらくすると、ポッケに入れっぱなしだったケータイが震えた。
それは電話で、
「あ、悠哉さんからだ。」
何故か、悠哉さんからだった。
「んあ?ドタキャンか?」
「分かんない。」
玲二さんにはそれだけ言って、電話に出る。
玲二さんの言う通り、ドタキャンかもしれないと思うと、気持ちが曇った。
だからと言って出ない訳にも行かないだろう。
「もしもし?」
『あ、ハルちゃーん?』
悠哉さんの陽気な声。
『着いたから、外でといで~』
「えっ!」
アタシは驚いて窓から外を見ると、そこにはヒラヒラと手を振る悠哉さんがいた。
「玲二さん、ヤクルトごちそーさま!また来るね!じゃ!」
「おー。」
玲二さんはまだニヤニヤとしていたけど、どうでも良い。
今は悠哉さんが第一だ。
「悠哉さん!ドタキャンかと思った!」
「ごめんごめん。折角ハルちゃんと遊ぼうと思って出ようとしてたのに、アイツら、行かないで下さいって言うんだもん!だから、諦めたフリして逃げて来ちゃった」
アイツら、とは会社の人だろう。
悠哉さんを上司に持つと大変なことばかりそうだ。御愁傷様です。
「悠哉さん」
「んー?」
「あんまり仕事をサボっちゃダメです!」
最近、悠哉さんはよく仕事をサボる。
会えるのは嬉しい。
嬉しいけど、そんなことばかりしていてはクビになることくらい、社会に出ていないアタシでも分かる。
「仕事をサボって良いのは月に1回まで!それ以外はちゃんと仕事すること!」
「えっ、あ、はい?」
「よろしい」
アタシが言った意味を理解しているのか、していないのか、疑問系で返事をする悠哉さんに、先生っぽく威張って見せる。
これはアタシが前に先生に言われたこと。
『学校をサボって良いのは月に1度まで。それ以外はちゃんと来い。いいな?』
アタシは曖昧な返事を返しただけだったけど、言う方はこんな気持ちなのか。
相手が心配なんだ。
…ちょっと先生に申し訳ないなぁ。
今度からは良い子でいよう。
「ぷっ、」
アタシが改心しようとしてる時に、この人は何故笑っているんだ!
「くくっ、あははっ!」
「…悠哉さん急にコワイ。」
「いやいやいや、なに。ちょっと懐かしくなっちゃってさ。ははっ!そっか~。うんうん。そうだよな!分かったよ!約束!なっ?」
太陽のような眩しい笑顔で小指を差し出す。
戸惑いつつも、その小指にアタシの小指を絡めると、悠哉さんはいっそう嬉しそうに笑って、アタシは久し振りに〝指切り〟をした。
小さい頃はよくやった。
けど、高校生にもなって〝指切り〟なんてしないから、すっかり言葉も忘れてしまっていた。
小さい頃とは、いつの頃だったろうか。
それは思い出そうとしても思い出せないくらい遠い昔の記憶。
毎日を曖昧に生きるアタシにとっては必要のない約束の仕方。
忘れて当然だ。