ガーデンテラス703号
店を出て駅のほうに歩き出そうとしていたとき、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「あゆかー!待って」
立ち止まって振り向くと、走りにくそうなヒールの高いパンプスを履いたシホが手を振りながら追いかけてきた。
「はー、追いついた。あゆか、いつも朝早いよね」
私の隣で足を止めたシホが、肩を揺らして何度も荒い息を吐く。
「そうだね。シホは?」
いつもシホは私よりも数時間遅れて家を出る。
だから、通勤時間が重なることはめったになかった。
ようやく呼吸が整ったシホに訊ねると、彼女が視線をあげた。
「こんな早く出ることなんてめったにないんだけどね。今日は早朝の予約が入ってて、早番なの。危うく寝坊しかけて、とりあえず着替えて飛び出してきた」
「そうなんだ」
私が家を出るとき、洗面所にもリビングにも誰もいなかった。
だから、シホは本当にギリギリに目覚めたのかもしれない。