ガーデンテラス703号
「あのとき、ちゃんと通じたと思ってたんだけど。あれは俺の勘違い?」
「え?」
それまで怒っているようにしか見えなかったホタルの瞳が、ふと翳って切なげに揺れる。
大きく目を見開いてホタルを見上げると、彼が私の凭れているエレベーターの壁に右手をついた。
上昇を続けるエレベーターがカタリと揺れる。
小さな箱の中に漂う、緊張と静寂。
ゴクリと息を飲む。
そのとき、そっと近づいてきたホタルと唇が重なった。
ホタルに口付けられた、私の動きが数秒止まる。
しばらくして、カタンと身体が揺れたかと思うと、エレベーターが止まってそのドアがゆっくりと開いた。
暖かかったエレベーター内に、冷えた外の空気が流れ込んでくる。
ホタルは私から唇を離すと、何事もなかったみたいな顔をして、自分だけ先にエレベーターを降りていった。
ひとり取り残された私は、去っていくホタルの背中を見つめてただ呆然とする。
しばらくそのまま動けずにいたけれど、ドアが閉まりかけたことに気がついて慌ててエレベーターから飛び出した。