その消しゴム1mmに誓って
 最近はとても楽しい気分が続く。まるで無知な小学生の頃に戻ったみたいに何もかもが新鮮で。中三になって二、三週間が経った帰り道の今でもまた明日学校で会う拓真のことを考えている。光希は早足で家へ向かった。いつもは自転車での登下校だが、今朝は雨が降り徒歩での登下校となったのだ。浮かれ、少し息切れをしながら歩く光希の後ろからものすごいスピードの物影が向かってきた。光希がその存在をブレーキのような摩擦音と気配で気付いた。ガシャンという大きな音がしたと思うと、光希は空を見上げていた。足には自転車のタイヤが引っかかっている。いや、足は自転車に持っていかれている。起き上がるにも体の筋肉は硬直したようにいう事を聞かない。少し離れたところには四つん這いになり、頭を抑えている男がいた。自転車の運転手だろう。全身をコンクリートにぶつけた痛みと、状況がつかめていないいっぱいの頭はパニック状態だった。ただ、光希自身がわかっているのは自転車と接触事故を起こしたこと、自分は被害者だということ。少しの時間黙っていると体の自由が戻ってきた。手を尽きながら起き上がると、自転車はまた進もうとしていた。謝罪もなしかよ。と思った瞬間、背筋が凍った。運転手と一瞬目があったのだ。宇川。光希を目の敵にしていたクラスメートだった。光希が唖然としているうちに宇川を乗せた自転車は遥か遠くに去っていた。

その日の夕食は喉を通らなかった。母親に心配されたが、うまくあしらって一人、ベッドの中に身を潜めていた。頭の中には明日の学校のビジョンが映し出される。数週間前までのように、呼び出され、殴り蹴られ、皆に責められ、教師に叱られる。今までは当たり前すぎて恐怖も感じなかった事がこれから起こるだけ、そう思っていても光希は震えていた。自分自身でも何に怯えているのかわからなくなった。今までの生活に戻るだけだ。そう理解しているつもりでも、楽しさを知った光希の脳はそれを割り切ることは出来なかった。
「拓真と過ごしてた日常が平和だからこうなったんだ!!」
大声で叫んでみた。そうすると涙がこぼれてきた。何日も何ヶ月も、奥に眠っていたものが一気に解き放たれたように。涙は止まらなかった。
「日常はこっちの生活じゃん。」

何時の間にか光希は夢の中にいた。ある日の学校の夢。光希は人の円の中心にいる。円を作っているのは、幼稚園時代から今までの様々なクラスメートだった。幼児もいれば高身長の奴もいる。ただ一つの共通点は全員が光希に地獄を見せてきた人間だということ。奴らは光希を見てクスクス笑っている。光希は居心地の悪さに唾を飲んだ。
「光希が俺作ったお城壊した!先生に言って怒ってもらおー!!」
一人の小さな子供が大声で喚き出す。光希の額が汗で濡れた。先程の声を皮切りに円の人間が光希に向かって暴言を吐き出す。色々な声が混ざり合って殆どなんと言っているか分からない。ただ殺意が向けられている事しか感じられなかった。
「黙れ!!お前らにあーだこーだ言われる筋合いはないんだよ!僕が一体何したっていうんだ!」
息を切らしながら叫んだ。やられてばかりでいるかと言わんばかりの目付きで周りを睨みつける。そうすると、一人一人の声がリアルに正確に耳に入り込んで来た。
「俺のシャーペン、カリパクしたろ。」
「ぶつかったな!うわっ折れたかも。」
「そこにいないで。視界に入る。」
今まで言われてきたしょうもない悪口、いじめ。細部まで再現されたように脳裏に思い浮かんだ。
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