そのとき僕は

 僕はさっき聞いた言葉が耳に引っかかっていて、一度唾を飲み込んでから、聞いてみることにした。

「さっき、最後っていってたけど・・・」

「うん?」

 彼女は振り返って、丁寧に帽子を被りなおす。それから、ああ、と頷いた。

「引っ越すの、父の仕事の都合で、ちょっと遠くへ。あたしも高校を卒業したばかりだったから、丁度良かったんだ。だから、ここに来れなくなるんだよね」

 僕は一瞬、言葉に詰まった。

 というか、言葉を忘れてしまったようだった。

 だた胸の、どくどくする痛みだけが全身に響いていた。思わず手でシャツの胸のところをつかむ。


 痛い。

 ここ、が。



「遠くに、行くんだね・・・」


 呟く僕を彼女がじっと見ていた。

 風が音を立てて吹いて通る。今は舞う花びらはないはずなのに、白昼夢みたいに幻想を見た。雨みたいな桜の花を。ハラハラと降り注ぐ軽やかな花たち。

 彼女が食べたという、あの薄いピンクの花びらを。



「ねえ」

 彼女が、小さな声で言った。

「名前、教えてよ」



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