そのとき僕は


 桜の花って美味しいの?

 僕がそう聞くと、彼女はあはははと笑った。

 どうかなって。美味しくはなかったよ、でも、不味いってわけでもなかった。口に突っ込むことに一生懸命で、味なんて気にしてなかったのよ。



 二人で歩いて移動した駅前で、まだ辛うじて咲いている遅咲き桜の下に立っていた。

 彼女が手を伸ばして一枚の花びらを千切り取る。そして、僕に差し出した。

「食べてみる?」


 夢をみているみたいに、現実感のない人だった。

 雨みたいに降り注ぐ桜が見せた魔法なんじゃないかって、一度は真剣に考えたほどだった。

 幽霊か、幻想か。

 だけど、彼女の秘密は解けた。


 僕の前に立つ、今やしっかりと現実の人間として存在している彼女。戸籍もあって、家族も、勿論名前だってある。

 君の白い頬にはそばかす。綺麗でちょっと変わった色をした両目を、三日月型に細めていた。僕の方へと伸ばした白い手の指先には、桜の花びら。

 駅前ビルの上から、夕日がまっすぐに僕の目を刺す。


 そのとき僕は、ストンと納得した。コップの中にビー玉を落とす位の速さと明確さで。



 僕は、彼女が好きなんだ。







「そのとき僕は」終わり。
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