【完】私と先生~私の初恋~
「……早苗…」


一心不乱に雑巾をかけていると、母が私を小さく呼んだ。


手を止めて、ゆっくりと母を見る。


母は泣きそうな顔でぼーっと私を見ていた。


「…なに?」


私が聞き返しても、母は「…早苗…」としか答えない。


私は立ち上がって手を軽く叩くと、そっと母の前にしゃがみこんだ。


「…なぁに?」


母を見上げながら、優しく聞く。


途端、母の顔がクシャッと歪んで、涙をポロポロと流し始めた。


私は何故か急に切なくなって、母の手をそっと握った。


「早苗…早苗…」


母はそう言いながら、泣き続けている。


いつの間にか、母に対する怒りも嫌悪感も消えていた。


私は泣いている母をそっと抱きしめた。


母は私にしがみついて、泣き続けている。


「早苗……早苗…」


泣きながら、ひたすら私の名前を繰り返している。


「…いいんだよ。もういいから…」


私は宥める様に、母の背中をさすり続けた。


暫らくそうしていると、母の鳴き声はだんだんと小さくなっていき、私はそっと母を放した。


泣いて目を真っ赤にしている母の表情は、心なしか穏やかに見えた。


今までの母とは別人の様に、優しい目で私を見ている。


私はそんな母にニッコリと微笑み返すと、「掃除…しよ?」と言った。


母も少しだけ微笑んで、小さく頷いた。
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