彼方の蒼
 風呂あがりに冷蔵庫からスポーツドリンクを出していたら、なぜか熱燗を手酌している母ちゃんがするすると近寄ってきた。
「お前も飲め!」
 げ。酔っ払いモード突入かよ。
 仕事のとき以外、日本酒なんか飲まない人なのに。
「これからはワタシが春都の父親だ」
 すると『父さん』って呼んでもいいってこと?
 やだなあ。
『美耶子サン』『母ちゃん』『母さん』『お袋』に続いて……呼び名5個目だよ。 
「で? 父さんの残していった酒を干そうっていうの?」
「ああ!」
 返事まで男らしくなってるし。
「その銘柄って、冷で飲むんじゃないの?」
「子供はそんなこと知らなくていいの!」
 ……どうしろってんだよ、この酔っ払いめ。

 僕は自称父の母を放置して、自分の部屋に引っ込んだ。
 カンちゃんにメールでもしよっかなー。

 ……
 ——『しよっかなー』じゃなくって『しなくちゃ』だよ! おいおいっ!!
 コートのポケットからはみ出している白いストラップを引っ張り、携帯を開いて、僕はベッドに横になった。
 メールは17件。その内訳は母さん2件、怪しいやつ2件、カンちゃん……13件!?
 
『ハルさっき悪かったどうしたなにかあったかカン』
『ハルハル応答せよカン』
『もしもしあたしよ、あ・た・し』
『春tどした?カン』
『生きてるかー』
『今帰宅我即入浴予定』
『この携帯は渡辺春都のものです拾った人は警察へ』
『おーい!返事しろー』
『電池切れかよダセエな』
『お楽しみのところ失礼します連絡待ってますよん』
『ケータイ替えたい』
『はると怒ってるのか?』
『もう寝る』

 カンちゃんお得意のスペース抜きメール。最後の送信は1時22分。
 それから『お楽しみのところ』ってヤツ……!!
 留守電もふたつ入ってた。
 僕はウケを狙おうと思ったけど、なんにも思いつかなかった。

『学校で話す』

 ——そう打って、寝た。
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